

1926年、機械製作工だったヨゼフ・ブラウンが、ドイツのクルフテルン(Kluftern)にZiegelmundstückbau Braunを設立しました。いくつかのレンガ工場で管理者を務めた豊富な経験を生かして、「根っからのレンガ工」であったブラウンは、セラミック業界に広範囲にわたるカスタマーサービスを提供する土台を作り上げました。
第2次世界大戦で大きな被害を被ったのにもめげずに、ヨゼフ・ブラウンは事業を再建しました。これにより、顧客との関係を維持することができたのです。1964年には、孫のホルスト・ランクが入社し、それ以来、会社を取り仕切っています。
1972年、Braun社はクルフテル市内のバーンホフ通りから現在の所在地であるマルクドルファー通りに拠点を移しました。この移転により、Braun社は大規模に拡張することができました。拡張の度合いは、従業員の数が着実に伸びていることからも分かります。
また、Braun社の製品および市場範囲も広がりました。従来の重粘土用金型に加えて、テクニカル・セラミックや、委託業務、そしてガス切断の事業が始まりました。
1982年には、コンスタンス湖西方のシュターリンゲンに分工場が設立されました。この工場では、ガス切断部品や溶接製作品が作られました。1988年以来、クルフテル市内のマルクドルファー・シュトラッセの敷地内に8つのホールが建設され、これにより、全部門が一拠点に集約されています。シュターリンゲンにあった部門は、クルフテルに移転しました。